大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(ネ)711号 判決 1991年9月19日

控訴人

久我知子

右訴訟代理人弁護士

小口恭道

被控訴人

株式会社 住建ハウジング

右代表者代表取締役

白河秀夫

主文

本件控訴を棄却する。

ただし、原判決中反訴にかかる部分は訴えの取下げにより失効した。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(控訴人は、反訴請求の訴えを取下げた。)

二被控訴人

主文一、三項と同旨

第二事実関係及び争点

一当事者及び本件請求

控訴人は、競売により別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有するに至ったものであり、被控訴人は、本件土地及び同土地上に存在する別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)の共有持分を有していたが、右競売により本件土地の共有持分を失い、現在は本件建物の共有持分のみを有する者である。

控訴人が本件土地につき本件建物の所有を目的とする法定地上権を有すると主張するので、被控訴人は、控訴人が右法定地上権を有しないことの確認を求めた。これが本件請求である。

二本件の事実関係

争いのない事実に証拠(<書証番号略>)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  神谷頼子と控訴人は姉妹(神谷頼子が姉、控訴人が妹)である。

2  控訴人と神谷頼子は、昭和六二年一二月五日、資金を出しあって、旧所有者から本件土地を共同で買い受け、控訴人の持分を一〇分の九、神谷の持分を一〇分の一とする共有とし、同月七日、その旨の所有権移転登記をした。

3  控訴人と神谷頼子は、昭和六三年六月一八日、資金を出しあって、本件土地上に共同で本件建物を建築して、それぞれの持分を二分の一とする共有とし、同年一一月九日、その旨の所有権保存登記をした。

4  しかるところ、控訴人は、他の兄弟の神谷幹二、神谷俊三、神谷文佐の三名から提起された訴訟事件につき昭和六三年一二月一五日に成立した訴訟上の和解により、右三名に対し各一三五〇万円ずつの支払義務を負担することとなったが、その支払期限までに支払ができなかったことから、平成元年一月二〇日、右三名の申立てにより、右和解調書に基づき、本件土地及び本件建物の控訴人の各持分について強制競売開始決定がされ、同月二一日、差押登記がされた。しかし、本件建物の控訴人の持分に対する強制執行のみが同月二九日取り下げられ、同月三一日本件建物の差押登記は抹消された。

5  本件土地の控訴人の持分に対する右強制競売において、被控訴人が平成二年一月二三日に売却を受けて右持分一〇分の九を取得し(以下これを「第一の競売」という。)、同月二四日その旨の持分全部移転登記がされた。

すなわち、この時点では、本件土地は被控訴人と神谷頼子の共有、本件建物は控訴人と神谷頼子の共有となった。

6  その後、被控訴人は、神谷頼子を被告として本件土地の共有物分割の訴えを提起したところ、平成二年五月二五日、本件土地について競売を命じ、その代金を被控訴人に一〇分の九、神谷頼子に一〇分の一の割合で分配する旨の判決がされて確定し、これに基づき、平成二年六月一八日本件土地につき競売開始決定がされ、平成三年七月一八日に被控訴人が売却により本件土地を取得し(以下これを「第二の競売」という。)、同月一九日その旨の神谷頼子持分全部移転登記がされた。

7  以上の経緯をたどって、現在では、本件土地は被控訴人の単独所有となり、その地上にある本件建物は控訴人と神谷頼子が持分各二分の一の割合で共有している。

三争点

以上の事実関係の下において、控訴人が本件土地につき本件建物の所有を目的とする法定地上権を有するか否かが本件の争点である。

第三争点に対する当裁判所の判断

一本件においては、二度の競売により本件土地の権利関係が変動しているが、まず、第一の競売により法定地上権が成立したかどうかについて検討する。

1 民事執行法八一条所定の法定地上権は、土地とその上にある建物が同一人(債務者)の所有に属する場合において、強制競売により、その一方のみが売却されて所有者を異にするに至ったとき、あるいはその両方が売却されたが各別に売却されたためその所有者を異にするに至ったときに、発生するものとされる。その制度の趣旨とするところは、主として、競売の結果建物所有者の土地利用権が失われるとしたときの建物取壊しによる社会経済上の損失の防止にある。

2 ところで、本件のように、土地及びその上に存する建物がいずれも甲、乙の共有に属したところ、甲の土地の持分が強制競売により第三者の所有に帰した場合に、甲のために右土地について右建物所有を目的とする法定地上権が成立するか否かは、民事執行法八一条の規定の文言からは必ずしも明らかでない。

これを決するためには、法定地上権が強力な用益物権であって関係者の利害に大きな影響を及ぼすことに鑑みると、法定地上権制度の趣旨とともに、関係者の利益保護と法的安定性にも留意することが必要であり、具体的には、まず、(1) 本来単独では共有土地上に地上権を設定することのできない甲のみの事情によって法定地上権を発生させることが他の共有者乙の権利を侵害することにならないかどうか、また、(2) 建物の保護という社会経済上の要請を達するために、法定地上権を認めなければならない関係であるかどうか、さらに、(3) 法定地上権を認めることが競売の債権者及び競売による土地持分の取得者その他の第三者に不測の損害を与えないかどうかの各点を検討すべきである。

3 右(1)の点についてみると、一般には、右のような共有関係の場合に法定地上権の発生を認めることは、乙の土地持分権を侵害することになり、相当でない。乙は、競売前から土地上に甲を共有者とする建物が存立することを認めてきた者であるが、その土地用益関係を直ちに地上権にまで高めることは乙の利益を害するといわなければならない。

もっとも、事案によっては、乙が右不利益を受忍し、法定地上権の設定を容認することが考えられないわけではなく、本件においても、他の土地共有者である神谷頼子は控訴人の実姉であって、当審で提出された同人の陳述書(<書証番号略>)によると、控訴人のために法定地上権を認めてもよいとの考えをみせていることが認められる(しかし、神谷頼子の右の意向が第一の競売以前からの確定的なものであるかどうかは、疑わしい。)。このような場合、乙の立場のみからすれば、法定地上権の成立を認めても差し支えないことになるが、乙の意思が客観的公示を欠き浮動性を免れないものであることを考えると、後記のとおり対第三者の関係等からして、常に法定地上権を肯定することには疑問があるといわなければならない。

4 次に、前記の(2)の点についてみると、競売の結果甲は土地の持分を失うから、法定地上権の成立を認めないかぎり土地の利用権を失うが、乙は、依然として土地の持分を有しているので、土地を自己の持分に基づいて従前どおり利用することができ、その結果建物を取り壊さなければならないことにはならない。そうすると、法定地上権を認めなくても、建物の取壊しによる社会経済上の損失は回避される。

5 さらに、前記の(3)の点についてみると、法定地上権の成否は、土地の単独所有の場合であっても予測しがたいことが少なくないが、土地が共有の場合は、一層事態が複雑となる。競売の債権者、競売による持分取得者、さらには、競売後の承継人等の利害関係者にとっては法定地上権の成否はできるだけ客観的かつ容易に予測しうるものであることが望ましく、競売手続においても、物件明細書に競売後の法定地上権の存否を正確に表示できるようにしておくことが必要である(<書証番号略>によると、本件の第一の競売においては、執行裁判所は法定地上権の成立する場合ではないとして、物件明細書にその旨を記載したことが認められる。)。

そうすると、前記のように土地共有者乙が法定地上権の成立を容認しているとしても、それがあらかじめ客観的に明らかにされ競売手続に反映することができるようなものであった場合はともかく、少なくとも単なる内心の意向のみによって法定地上権の成否を左右することは、右の要請にそう所以ではなく、右債権者、売却による取得者等の第三者に不測の損害を与え、法的安定を損なうことになるというべきである。

6 これらの点を考慮すると、前記のような土地及び建物の共有関係の場合に、他の土地共有者乙の意思を無視して法定地上権の成立を認めることはできないし、また、乙が法定地上権の成立を容認しているからといって、常に法定地上権の成立を肯定することにも疑問があるといわなければならない。

そこで、本件についてみるに、前記のとおり、乙に当たる神谷頼子は現在では法定地上権の成立を容認する意向を示しているが、第一の競売の当時において右意向が客観的に表明されていた形跡は全くなく、神谷頼子と控訴人とが姉妹であることから右の意向が当然推定されるということも困難であり、さらに、物件明細書にも法定地上権の発生は記載されず、このことを前提にして控訴人の土地共有持分の評価及び最低売却価額の決定が行われている。そして、競売により右土地持分を取得した被控訴人が神谷頼子の前記の意向を知りつつ、法定地上権の成立を予測して売却を受けたものであると認めるに足りる資料はない。また、本件においては、第一の競売による法定地上権を認めなければ、本件建物の保護を全うしえない関係であったともいえないのである。

以上のような事実関係の下においては、法定地上権の成立を肯定することは相当でなく、第一の競売がされた時点では法定地上権は成立しないものと解すべきである。

二次に、第二の競売による法律関係について考察する。

1 第二の競売は、前記のとおり、本件土地が神谷頼子と被控訴人の共有、本件建物が神谷頼子と控訴人の共有という権利関係の下で、本件土地の共有物分割方法として民法二五八条二項の規定によって行われたものである。この規定による競売については、民事執行法一九五条、一八八条の規定により同法八一条の法定地上権に関する規定の適用はなく、また、本件土地及び本件建物が抵当権の目的となっていないので、民法三八八条の適用を論じる余地もない。

したがって、第二の競売によっても控訴人のための法定地上権は成立しない。

もっとも、第一の競売前の権利関係と、第二の競売後の権利関係とを対比すると、神谷頼子と控訴人が本件土地と本件建物をそれぞれ共有していたところ、二度にわたる競売の結果、本件土地は被控訴人の単独所有となり、土地と建物の所有者を異にするに至ったことになるが、二度の競売を合わせてあたかも一個の強制競売が行われたもののごとくにみるべき根拠はなく、第一の競売後の段階で発生しなかった法定地上権が第二の競売の結果発生すると解することはできない。

2  そうすると、本件土地について本件建物のための法定地上権の成立は認められないことに帰するが、建物の存在する共有土地について共有物分割としての競売を行う当事者の合理的意思解釈からすれば、右競売の結果建物と土地の所有者を異にするに至ったからといって、当然に建物のための土地占有権原が失われるものとは解されない。したがって、法定地上権を認めなくても、直ちに建物の保護という社会経済上の要請に反する結果となるわけではない。

第四結論

以上の次第で、被控訴人の地上権不存在確認請求は理由があるからこれを容認すべきである。よって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤繁 裁判官岩井俊 裁判官小林正明)

別紙物件目録一

所在 東京都江戸川区南篠崎町四丁目

地番 二四三番二

地目 宅地

地積 176.98平方メートル

別紙物件目録二

所在 東京都江戸川区南篠崎町四丁目二四三番地二

家屋番号 二四三番二

種類 居宅

構造 軽量鉄骨造スレート葺二階建

床面積 一階 59.69平方メートル

二階 59.69平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例